国際会計基準(IFRS)の概要と導入のメリット・デメリット/世界及び日本の動向とともに
こんにちは、公認会計士・税理士の三上です。
突然ですが『国際会計基準(IFRS)』というものをご存じでしょうか?
“国際”とか言っちゃってなんかエラそうですよね。
だけど、この国際会計基準(IFRS)が今や世界の中心であり、当然ながら日本の会計基準も影響をもろに受けています。
別の見方をすると、国際会計基準(IFRS)の動向を見ておけば、日本の会計基準の未来の変化も予測ができるのです。
日本の会計基準に関わりがある方、つまり、経営者や財務・経理の仕事をしている方は、概略だけでも知っておくべきです。
ということで今回の記事では、その『国際会計基準(IFRS)』に関して、最低限知っておくべき事項をまとめました。
なお、日本の会計基準については、こちらの記事『会計基準30個を一言ずつ解説してみた/会計の全体像を一覧しよう』をご参照ください。
言葉遣い、表記、読み方
言葉遣い
『国際会計基準』と言ったり『国際財務報告基準』と言ったりします。
意味するところはどちらも同じです。
英語表記だと
『IFRS』と表記されます。
“International Financial Reporting Standards”の略です。
読み方は、
- イファース
- アイファース
- アイエフアールエス
など様々ですが、どれかが不正解ということはなく、どれも正解です。
ちなみに、私は「イファース」と発音しています。
会計基準の世界的な潮流
2大潮流
世界の会計基準の大きな流れとしては、
- 国際会計基準(IFRS)
- 米国会計基準(USGAAP;ユーエスギャップ)
の2つがあります。
世界的な事業展開をしている日本企業は、上記のいずれかを採用しているケースが多いです。
例えば、
国際会計基準(IFRS)を採用している企業は、住友商事、武田薬品工業、ソフトバンク、LINEなど、
米国会計基準(USGAAP)を採用している企業は、トヨタ自動車、キヤノン、ソニーなどです。
流れは確実に国際会計基準(IFRS)へ
近年の流れは、確実にIFRS偏重になりつつあります。
米国以外の各国の会計基準は、以下に示す3つのパターンのどれかでIFRSに近づいています。
米国もIFRSを導入するという話が一時期あったのですが、現在ではその可能性はほぼなくなったと言っていい状態です。
※米国会計基準のとりまとめを行うFASB(米国財務会計基準審議会)と国際会計基準のとりまとめを行うIASB(国際会計基準審議会)は、共同審議を行うなどしており、各々完全に独自路線を取っているというわけではありません。したがって、両基準が近づくことはあれ、大きく乖離していくということはないと思われます。
<1>各国の会計基準の内容をIFRSへ近づけるという流れ;コンバージェンス
日本の会計基準がその典型なのですが、各国の会計基準を改訂してIFRSへ近づけていくというものです。
これを、「コンバージェンス」とか「日本基準をIFRSにコンバージェンスする」とかいいます。
今や日本独自で会計基準の開発を行うということはほとんどなく、IFRSを後追いする形で日本基準を改正しているのです。
ただし、100%完璧に真似をしているのかというとそうではなく、各国の状況に応じて一部の基準を除外したり、数値基準を設けたり等の修正は入ります。
日本以外にも、中国やインドネシアなど、アジアの国々はコンバージェンスの流れが強い印象があります。
<2>IFRSをそのまま適用する;アドプション、ピュアIFRS
日本は、上記の通り日本の会計基準自体を改正してIFRSへ近づけるコンバージェンスを行うと同時に、IFRSをそのまま適用するということも認めています。
これは、基本的には上場企業が対象となります。
プレスリリースなどで、『IFRSを任意適用しております』と表現されるのはこのパターンです。
このケースでは、日本の会計基準は全く無視して、IFRSをそのまま適用するのです。
<3>IFRSの一部の基準を除外(カーブアウト)した上でIFRSを適用する;エンドースメントIFRS
ここでエンドースメントとは「承認」という意味で使われています。
つまり、IFRSをそのまま受け入れるのではなくて、IFRSの中の個別の基準ごとに受け入れるか受け入れないかの判断を各国ごとに行うのです(ex.金融商品会計基準の中のXXの処理は除外するetc)。
なお、欧州は基本的にIFRSの任意適用が認められていますが、このエンドースメントの手続きも組み込まれています。
日本においてもまた、選択肢のひとつとして存在します。
「修正国際基準(JMIS;ジェイミス)」と呼ばれるものですが、2016年7月現在、適用企業は無いと思われます。
日本の「修正国際基準(JMIS)」の場合は、
- のれんの非償却の処理※
- 損益を経由することなく純資産の部へ計上するノンリサイクリングの処理※
という2つの会計処理について、これを除外して適用することとされています。
※上記の話はかなり専門的です。
日本の会計基準の状況
全体的な流れ
上でも述べましたが、日本の会計基準はIFRSへコンバージェンスを進めており、日本の会計基準とIFRSとの間の差異は少なくなりつつあります。
つまり、IFRSへ近づく方向への改正が毎年進められています。
その一方で、上場会社にはIFRSをそのまま適用することも認められています。
日本取引所グループのウェブサイトによると、2019年3月現在のIFRS適用会社数は以下の通りです。
IFRS適用済み会社数 | 182社 |
IFRS適用決定会社数 | 25社 |
合計 | 207社 |
なお、自由民主党政務調査会は平成25年6月に『国際会計基準への対応についての提言』を発表しており、IFRS適用会社数を2016年度末までに300社にするという数値目標を掲げていました。しかしながら、まだまだ遠く及んでいないというのが現状です。
日本の「修正国際基準(JMIS)」は、2016年4月以降開始する四半期財務諸表から適用可能な状況です。
日本の会計基準と国際会計基準(IFRS)の具体的な差異
今回は、個別具体的な説明は行いませんが、会計処理が大きく異なる項目としては例えば以下の項目があります。
- のれんの償却
- 退職給付会計における数理計算上の差異の費用処理
- 研究開発費の支出時費用処理
また、IFRSの基準が既に改訂されているものの適用時期がまだ先のもの、つまり将来的に適用時期が到来すると差異が生じてしまう項目の例としては以下のものがあります。
- リースの借手の会計処理
- 金融商品の分類と測定
- 長期債権に対する貸倒引当金の設定方法
日本の会計基準と国際会計基準(IFRS)でどのくらい金額が異なるのか
特に影響が大きいのは、上であげた中の一つである『のれんの償却』の処理です。
※「のれん」とは、ブランド力や信用力のようなものをイメージしていただけるといいかもしれません。例えば、全く同じ素材で全く同じ作りのバッグが店頭においてあった場合、それが『ルイ・ヴィトン』ブランドであれば数十万円の値が付く一方、『MIカバン』とかいうよく分からないブランドのバッグであればせいぜい数千円の値しかつかないのと同じです。
IFRSでは、「のれん」という資産を計上してそれが毀損(きそん)、すなわち価値が下落しているしているという状況が無い限りは、そのまま資産として計上し続けます。
しかし、日本基準では、最長20年の期間に渡って資産の償却を行います。償却とは、資産を減らして費用として計上するという処理です。
例えば、ソフトバンクグループ株式会社は、2016年3月末現在で約1兆6000億円の「のれん」を資産として計上しています。
具体的には、こんな感じです。
IFRSでは、「のれん」の価値が下落していると認められない限りは、そのまま資産として計上し続けるため、費用計上額はゼロです。
一方、日本基準では最長20年での償却が必要なので、簡便的に20年で試算してみると、1年あたり『1兆6000億円÷20年=800億円』の費用計上が必要となるのです。
すなわち、会計基準の違いだけで、1年あたり800億円も費用の額が異なるのです!(800億円だけIFRSのほうが利益が大きくなる)
ちなみに、IFRSの場合、「のれん」の価値の下落が認められると、『減損(げんそん)』という会計処理が必要となります。
つまり、「のれん」を一気に費用として処理を行うのです。
ソフトバンクグループの場合は、近年、米国の子会社であるスプリントの不調が伝えられていますが、スプリント買収に係る「のれん」の金額は約3500億円です。
スプリントの事業の不調が続き、「のれん」が毀損しているとの判断がなされれば、この約3500億円が一気に費用として計上される可能性があるのです。
国際会計基準(IFRS)を導入するメリット
その1:ぶっちゃけた話をすると「のれん」の会計処理はメリット
上で説明した「のれん」の会計処理は、経営的にはメリットがあると言えます。
なぜなら、実態は何も変わらないのに会計基準の違いだけで利益額が大きくなるからです。
ただし、その分将来的なリスク(「のれん」の減損処理)も抱えることになるので、その点は留意が必要です。
その2:経営管理への寄与
例えば、日本に親会社があり、インドネシアとドイツに子会社があるとします。
もし国際会計基準(IFRS)を導入していなければ、日本の親会社は日本の会計基準で会計処理をし、インドネシアの子会社はインドネシアの会計基準で会計処理をし、ドイツの子会社はドイツの会計基準で会計処理をすることになります。
このとき、インドネシアおよびドイツの子会社の業績を正確に把握することができるでしょうか?
日本の会計基準を理解し、インドネシアの会計基準も理解し、さらにドイツの会計基準も理解していれば把握は可能でしょうが、その3者を理解しているケースは稀です。
そもそも、日本においてインドネシアの会計基準やドイツの会計基準の情報を入手することすら難しいでしょう。
そこで、国際会計基準(IFRS)の登場です。
国際会計基準(IFRS)は、言語でいえば英語のようなものです。
日本語とインドネシア語とドイツ語をまたいだコミュニケーションはかなりの困難を伴いますが、そこに英語を共通言語として介在させることで、そのハードルはかなり下がります。
会計基準においても、これと似た状況になっているのです。
国際会計基準(IFRS)という共通言語を用意することにより、経営管理の正確性が向上し、適切かつ素早い経営判断が可能となるのです。
その3:比較可能性の向上
「比較可能性」が向上することも、国際会計基準(IFRS)を導入することの大きなメリットとなります。
ここでいう「比較可能性」とは、日本以外の国の企業との比較可能性が高まるという意味と、国内同業他社との比較可能性が高まるという意味の2つがあります。
まず、日本以外の国の企業との比較可能性について。
日本にある企業だからといって日本基準を採用していたのでは、そのままでは海外の企業と単純に比較することはできません。
なぜなら、海外の企業が日本基準を採用していることなどないからです。
しかし、国際会計基準(IFRS)を採用していれば、海外の国際会計基準(IFRS)導入企業とは比較が可能となります。
国際的な事業展開を行っている企業は国際会計基準(IFRS)を採用しているケースも多いため、比較可能性は高まります。
次に、国内同業他社との比較可能性について。
業種によっては、IFRS適用企業が多くを占めているケースがあります。
例えば、医薬品、卸売業の業種においては、以下のような状況です。
時価総額ベースでの比較ではありますが、実に50%を超える企業が国際会計基準(IFRS)を適用しています。
このようなケースでは、国際会計基準(IFRS)を採用することで同業他社との比較可能性が高まり、マーケット(投資家)の期待に応えることにもなります。
その4:海外投資家への説明の容易さ
海外投資家は、基本的に日本の会計基準を知りません。
一方で、国際会計基準(IFRS)については、言語でいう英語のようなものなので、知っています。
そのため、日本基準を採用している企業が海外投資家へ説明する際には、常に日本基準と国際会計基準(IFRS)との差異を意識して説明する必要があります。
このような状況は、説明されていない差異が他にもあるのではないかとの疑念をも抱かせてしまいます。
したがって、最初から国際会計基準(IFRS)で財務諸表を作成すれば、会計基準差異の説明に時間を費やす必要もなく、余計な疑念を抱かせる必要もなくなるのです。
その5:海外市場における資金調達の円滑化
上述した“海外投資家への説明の容易さ”とも重なりますが、言語でいえば英語にあたる国際会計基準(IFRS)を用いた財務諸表(決算資料)は海外においてもそのまま活用することができます。
もし、日本の会計基準で財務諸表(決算資料)を作成していたとすれば海外市場向けの資料をあらためて作る必要がありますが、はじめから国際会計基準(IFRS)を用いていればその必要がありません。
これは実務的には大変大きな負担軽減となり、それはすなわち“資金調達コスト”の軽減となります。
国際会計基準(IFRS)の概要を知っておくことのメリット
既に述べましたが、日本の会計基準はIFRSへコンバージェンスされるという流れにあります。
つまり、日本の会計基準が今後どのように変わっていくかはIFRSの改訂動向をみていけば自ずと明らかになります。
会計基準とは、経営状態を表現するための言語です。
その言語たる会計基準の将来動向を知っておくことは、経営に関わる上では必須と言えます。
日本国の在り方としてそれでいいのかという問題はさておき、IFRSの後追いをする形になっている日本基準については、IFRSの改訂動向をチェックすることによりかなり先の状況まで読むことが可能なのです。
国際会計基準(IFRS)を導入するデメリット
その1:実務負担の増加
今まで採用していた日本基準から国際会計基準(IFRS)へと移行するにあたっては、当然ながら移行に伴う追加の実務作業が生じます。
また、実務作業は移行段階でのみ必要となる作業と、移行後も継続的に必要となる作業があります。
IFRS移行段階でのみ必要となる作業
これは山ほどあります。
すぐに思いつくところをあげるだけでも、
- 導入スケジュールの策定
- 導入プロジェクトチームの組成(社内のメンバー選定、社内での権限付与と責任の明確化、外部アドバイザーの選定、報酬交渉etc)
- 導入プロジェクトチーム自体の権限付与
- 導入プロジェクトの予算策定
- 会計数値への大まかなインパクト分析
- 現状の会計方針の確認と、会計基準差異の分析、影響金額の試算
- 注記への影響調査と必要な情報の洗い出し
- 関係する部署及び子会社への協力依頼と情報収集
- 関係する部署及び子会社との定期的な情報共有
- 会計方針案の洗い出し
- 会計方針の策定
- 会計監査を担当する監査法人との協議
- 業務フローへの影響調査
- 業務フローの変更
- システムへの影響調査
- システム変更の必要性の確認
- システム変更
- 決算プロセスの見直し及び策定
などなど、ホントにたくさんあります。
そして、プロジェクトが進むにつれてやるべきことはどんどん増えていきます。
なお、さらに前段階の作業として、固定資産の減価償却方法の見直しなど、国際会計基準(IFRS)移行プロジェクトの前に取りかかれる作業を洗い出すことも有用かもしれません。
IFRS移行後も必要となる作業
国際会計基準(IFRS)への組替作業(複数帳簿管理)は継続的に生じます。
もし、連結計算書類を日本基準に基づいて開示する方針とした場合には、2つの会計基準に基づいた作業を並行で行うことになります。
また、日本基準と比べると注記などの開示量が増えるため、そのための集計等は継続的に生じることになります。
さらに、日本基準と異なり国際会計基準(IFRS)は数値基準等が少なく、会計監査を担当する監査法人との協議にかかる時間が増加する可能性もあります。
その2:コストの増加
特に移行段階で、以下のようなコストが見込まれます。
- 外部アドバイザー等への支払い
- 会計監査を担当する監査法人への追加監査報酬の支払い
- 追加的なシステム対応費用の支払い
これら以外にも、国際会計基準(IFRS)に精通した従業員を雇い入れるなどの場合は、継続的な人件費増となります。
その3:業績の表示の仕方が変わってしまう
金融庁「IFRS適用レポート」の中では、このような意見も取り上げられていました。
すなわち、
- 日本基準においては特別損益として表示される(=営業利益や経常利益に反映されない)項目が、国際会計基準(IFRS)においてはすべて営業利益に反映される
- 国際会計基準(IFRS)では、『非継続事業』が独立の区分として表示される
- 一部の保有株式について、会計方針の選択によっては売却した際に売却損益を認識することができない(著者注:いわゆる「益出し」のようなことができない)
というような意見もありました。
その4:運用の困難さ
国際会計基準(IFRS)を適用する企業が増えてきているとはいえ、まだまだ先行事例が少ないのも事実です。
そのため、先行事例を参考にすることができないケースは多いです。
また、日本の事業を考慮して作成している日本の会計基準とは異なり、国際会計基準(IFRS)は日本の事情など当然ながら考慮していません。
例えば、建物を賃借する際の『敷金』は日本では当然の商慣行ですが、海外では当然の商慣行ではありません。したがって、その会計処理にあたっては、実務的にどう処理するのかなどが論点になったりします(ex.無利息の資金融通orリース料の前払いなど解釈が分かれる)。
したがって、会計基準の解釈や実務への適用にあたっては、日本基準と比較すると手数がかかるケースもあるかと思います。
参考文献
- 日本取引所グループのウェブサイト
- 自由民主党政務調査会『国際会計基準への対応についての提言』
- 2015年4月公表 金融庁『IFRS適用レポート』